脳梗塞リハビリステーション滋賀

077-514-2255

 ブログ

2026.02.25

「のせない」のではなく、「のせられない」

いつもブログを読んでくださりありがとうございます。

 

「足の裏が感じにくいから、体重がかけられない。」
リハビリの現場で、よく聞く言葉です


「のせられない」と言われたとき、私は

「どこまでその感覚を想像できていただろうか。」
「理解している“つもり”になっていなかっただろうか。」
そう思って、足の裏の感覚を少し鈍くする擬似体験をしてみることにしました。

 

■こんなんで変わるのかな?

踵、母趾球、小趾球、そして足の指。
足の裏の中でも、とくに感覚が集まっている場所です。
その感覚を少し鈍くするように、包帯を重ねて貼りました。
正直、半信半疑でした。
「こんなんで、本当に感覚って変わるのかな?」

 

■立った瞬間、足の裏がわからない

立った瞬間、すぐに違和感がありました。
え?
足の裏が、いつもと違う。
床が、わかりにくい

 

踵?
母趾?
小趾?
どこで支えているの?
ぼんやりしている。

 

靴下をはいている感覚とも、違いました。
包まれている感じではなく、足の裏の輪郭がぼやけるような感覚。
触れているはずなのに、どこで支えているのかが、はっきりしない。

頭の中は混乱しました。
そして体が、じわじわと傾いてくる感じがしました。

 

■片足立ちが、こんなに不安定なんて

片足立ちをしようとしたとき、
一瞬、躊躇しました。
「できるかな?」

 

足を上げた瞬間、
支える場所がわからない。
すごいグラグラする。
どこで支えればいいの?
本来なら無意識でやっているはずのことを、
必死で頭の中で考えていました。

 

気づけば、
両手を広げ、体を反対側に倒し、
なんとかバランスを取ろうとしている。
足で支えられない。
だから、手と体幹でなんとか支える。
代償です。
それは、転ばないための反応でした。

 

■のせたい。でも、のせられない

一歩前に足を出して、体重をのせようとしてみました。
のせたい。
でも、のせられない。
怖いというより、
「わからない。」

 

 

どこにのせればいいのか。
のせたらどうなるのか。
それが予測できない。
すごく考えながら、少しずつ体重を移してみました。
でも、それ以上のせたら支えられなくて、崩れる気がしました。

 

その瞬間、無意識に、腰が引けていました。
わからない。
支えられない。
だから、怖い。
わからないところに、
人は体重をのせられない、のせたくないのをか実感しました。

 

■包帯を外した瞬間

包帯を外した瞬間、
足の裏が、はっきりしました。
床が、ちゃんと感じられる。
さっきまでぼんやりしていた踵や母趾球、小趾球が、

床に吸い付くように、触れている。

 

なんか、気持ちいい。
あ、私の足だ。地面を感じられる。
不思議なことに、身体も気持ちもすっと落ち着きました。
それだけで安心して立てるかというと、きっと、それだけではありません。
でも、それがなければ、安心は始まらないかもしれません。

 

■共有してみて、あらためて感じたこと

今回の体験は、鍼灸師の草川さんと一緒に行いました。
実際にやってみて、
「思った以上にわからないね」
「これでは、のせられないよね」
そんな感想を、お互いに口にしていました。

 

一人で感じるよりも、共有することで、
「のせられない」という言葉の重みが、少しだけ近づいた気がします。

地面や床からの情報がわからないと、体重はのせられない。
バランスも、安定も、足の裏から始まっている。

だからこそ、
・立つこと

・歩くこと。
・日常生活の動き。
その土台になる足部へのアプローチを、
これからも大切にしていきたいと二人で共有しました。

 

■足の裏は、地面とつながるところ

足の裏は、体の中で唯一く直接地面と接しているところ。
身体と世界をつなぐ、感覚の入り口です。
のせないのではなく、のせられない。
まずは、その人の足を、その人の足に戻すこと。

 

足の裏の感覚は、想像以上に大切でした。
だからこそ、足部への介入を丁寧に続けていきたいと思います。

 

2026.02.20

腕を触らなかったのに、軽くなった日

いつもブログを読んでくださりありがとうございます。

 

■気になったのは、肩でした

ご利用者様が来られました。
立った姿勢を確認したとき、麻痺側の肩が落ちているのが気になりました。

 

三角筋に触れて刺激を入れてみましたが、反応は乏しく、トーンも上がりにくい。

どうしたらよいだろう。
この時は、肩のことばかり考えていました。

 

■立位を見直したときの違和感

あらためて立位を評価しました。
麻痺側の足の位置を少し変えた瞬間、非麻痺側が引っ張られました。
そのとき、思いました。
「あ、これだ。」

見逃してはいけないサインでした。

 

一見立てているように見えます。
しかし、非麻痺側の股関節は外旋で固定され、その脚だけで体を支えている状態でした。
麻痺側は立っているようで、
十分に“支える側”に参加できていなかったのです。

 

■下から整える

非麻痺側だけでがんばって支えている状態を整え、
麻痺側にも、もう一度“支える役割”が戻るように丁寧に関わりました。
そして、立った姿勢のまま、
左右にゆっくり体重を移していきました。
この時、直接麻痺側の肩には触れていません。

 

■「お、軽い。」

麻痺側の腕を動かしていただくと、
「お、軽い。」
そして、少し不思議そうに、「なんで?」
肩は触っていません。
それでも、腕が軽くなりました。

 

■立てていることと、使えていること

ご利用者様は言いました。
「立ててるし、歩けてるから、足は問題ないと思ってた。」

立てていることと、本当に使えていることは、少し違うのかもしれません。

 

ご利用者様から、また教えてもらいました。
触れて、見逃さない。
その積み重ねを、大切にしていきたいと思います。

 

2026.02.17

手からつたわること。

いつもブログを読んでくださりありがとうございます。

 

■臨床は、やりとり

臨床は、やりとりだと思っています。
私が触れているようで、同時に、触れられている。
ご利用者様の体に触れると、
その日の体の様子が、手から伝わってくることがあります。

 

■触れることで感じる

思っていたより強い緊張。
体のねじれから生まれる左右差。
じっと固まった体幹。
触れた瞬間に、感じることがあります。

 

あるご利用者様は、足に触れたとき、いつもより強い力みを感じました。
いつもよりも足先まで力が入り、少し固くなっていました。
あとでお話をうかがうと、その日はご自宅を出る前に、
とても急がれていたとのことでした。

 

体は、その日の出来事まで覚えていることもあります。
うまく言葉にならない不安。
がんばりすぎている力み。
今日という一日の重み。
手をとおして、その人の「今」がつたわってくる日があります。

 

■手は、正直

そして同時に、私の状態も手から伝わります。
私が焦っているとき。
「良くなってほしい」と

力が入りすぎているとき。
それも、きっと伝わってしまうかもしれません・

だからこそ、
まず自分を整える。
呼吸を整える。
触れ方を考える。
急がない。

ことを心掛けています。

 

■触れることには、理由がある

触れることには、理由があります。
・体のアライメントを整える。
・筋肉をモールディングする。
(手でやさしく形を整え、その筋肉が働きやすい状態へ導いていくこと)
・感覚を入れる。
・感覚と運動のループをつくる。

そうすることで、
無理のない、効率的で楽な動きにつなげていきます。

 

■安心すると、体は変わる

でもそれは、
ただ動きをつくるためだけではありません。

触れていると、
その人の力みが少しずつゆるむ瞬間があります。
安心すると、体は余計な力を手放しはじめる。
力みがゆるむと、本来の動きがあらわれてきます。

 

■触れるというやりとり

触れるということは、動きを整えることでもあり、
安心を届けることでもあります。

 

臨床は、一方通行ではありません。
触れるというやりとりの中で、体は少しずつ変わっていきます。
そのご利用者様との時間を、これからも大切にしていきたいと思います。

 

2026.02.13

なぜ、6割以上の方が続いているのか。

いつもブログを読んでくださりありがとうございます。

 

お問合せでこのようなご質問がございます。

「すごく良くなっているから、続けているんですよね。」
また、
「特別な方だけが続いているのでは?」
と思われることもあります。

 

けれど、実は少し違います。
リハ滋賀では、体験後およそ6割以上の方が継続されています。
多くの方が6ヶ月以上通われ、中には2019年の開設当初から通われている方もいらっしゃいます。
しかし、毎回劇的な改善が起きているわけではありません

 

■続いている理由は、もっと静かなものです。

「少しずつ、でも確かによくなっていると感じられる。」
「ここに来ているおかげで、体の調子が整い、仕事も続けられている。」
「このまま悪くなるのが怖かった。」
そんな声を、よくいただきます。

 

劇的な変化でも、大きな奇跡でもありません。
けれど、
“安心できる時間”があること。
それが、続いている理由なのかもしれません。

 

■自費リハビリは、安いものではありません。

だからこそ、
・今の暮らしを、これからも自分の力で続けたい
・大切な人と安心して過ごしたい
・今ある力を活かしながら、さらに広げていきたい
そう思った方が、選ばれています。

 

私たちが提供しているのは、
“特別な奇跡”ではありません。
“今を確認できる時間”
そして
“未来を整えていく時間”です。
大きく変わるためだけではなく、
今ある力を確かめ、これからも続けていくために。
安心して日々を重ねていくために。
それが、続いている理由なのかもしれません。

 

■もし今、少しでも不安があるなら

体験プログラムで、今のからだの状態を一緒に確認してみませんか。
その場で決める必要はありません。
無理に継続をすすめることもありません。

 

まずは「知る」ことから。
迷っている今が、いちばん動きやすい時期かもしれません。
事前にご質問だけでも大丈夫です。
ホームページのお問い合わせフォームやお電話で、お気軽にご連絡ください。

2026.02.10

片手でできている。でも、よくなりたい。

いつもブログを読んでくださりありがとうございます。

 

■とまどう瞬間から始まること

リハビリの場では、ときどき、ご利用者様のお話に
少しとまどう瞬間があります。

それは、その方なりに、一生懸命に生活するために
選んできた言葉なのかもしれません。

 

■「よくなりたい」と「大丈夫」が同時にあるとき

以前、ご利用者様が
「麻痺側の手や腕がよくなりたい」
そう話されていました。

でも、困っていることをお聞きすると、
「片手でなんでもできているから大丈夫です」
と答えられました。

 

正直に言うと、私は少し混乱しました。
よくなりたい。
でも、大丈夫。
その二つが、同時にそこにあるように感じたからです。

 

■そっと時間を戻す問い

それで、こんなことを聞いてみました。
「ご病気をされる前は、日常生活は両手でやることが多かったですよね」
少し沈黙があって、ご利用者様は、こう言われました。
「あ、忘れてました」
「そうでしたね」

 

■生活を守るための選択

片手でできるようになることは、生活を続けていくために、
必要な選択となる場合もあります。
できる側を使って、生活を守ってきた時間でもあります。

 

その一方で、麻痺側の手のことや、両手でしていた暮らしや感覚が、
少しずつ、思い出されない場所に、置かれていくことがあります。

 

■体が思い出していく瞬間
リハビリの中で、麻痺側の手への感覚や、両手を使った課題をしていると
ふと、こんな言葉が出ることがあります。

 

「なんか……ここにある感じがします」
「さわってるのが、少しわかります」
「あ、懐かしい感じがする」
「前は、こんなふうに手を使っていました」

 

大きな動きではありません。
でも、その変化に、ご本人が一番驚かれることが多いです。

 

 

■指を一本ずつ感じるということ
指は5本ありますが、一本ずつ触れられることは、
実はあまり多くありません。
いつの間にか、一本一本を感じる時間は、
少なくなっていきます。
だから、動かす前に、指にそっと触れる。

 

■置く・支える・押さえるという役割
そして、
置く。
支える。
押さえる。
たとえば、
テーブルの上に、そっと手を置く。
紙が動かないように、少し押さえる。

 

 

それだけでも、「感じる時間」や「使われている時間」が、
生活の中に戻ってくることがあります。

 

■「大丈夫」の中にある、もう一つの気持ち
「片手でできているから大丈夫」
その言葉の中に、
「それでも、よくなりたい」
という気持ちが、
そっと隠れていることがあります。

 

もし、麻痺側の手や腕が、ふと気になったとき。
それは、体が、これまでの暮らしを思い出そうとしている合図かもしれません。

お問い合せはお電話でも承っております。
下記の電話番号までお気軽にお問い合わせください。

脳梗塞リハビリステーション滋賀
077-514-2255
受付時間 9:00-18:00 [ 土・日除く ]