2026.02.25
「のせない」のではなく、「のせられない」
いつもブログを読んでくださりありがとうございます。
「足の裏が感じにくいから、体重がかけられない。」
リハビリの現場で、よく聞く言葉です
。
「のせられない」と言われたとき、私は
「どこまでその感覚を想像できていただろうか。」
「理解している“つもり”になっていなかっただろうか。」
そう思って、足の裏の感覚を少し鈍くする擬似体験をしてみることにしました。
■こんなんで変わるのかな?
踵、母趾球、小趾球、そして足の指。
足の裏の中でも、とくに感覚が集まっている場所です。
その感覚を少し鈍くするように、包帯を重ねて貼りました。
正直、半信半疑でした。
「こんなんで、本当に感覚って変わるのかな?」

■立った瞬間、足の裏がわからない
立った瞬間、すぐに違和感がありました。
え?
足の裏が、いつもと違う。
床が、わかりにくい。
踵?
母趾?
小趾?
どこで支えているの?
ぼんやりしている。
靴下をはいている感覚とも、違いました。
包まれている感じではなく、足の裏の輪郭がぼやけるような感覚。
触れているはずなのに、どこで支えているのかが、はっきりしない。
頭の中は混乱しました。
そして体が、じわじわと傾いてくる感じがしました。
■片足立ちが、こんなに不安定なんて
片足立ちをしようとしたとき、
一瞬、躊躇しました。
「できるかな?」
足を上げた瞬間、
支える場所がわからない。
すごいグラグラする。
どこで支えればいいの?
本来なら無意識でやっているはずのことを、
必死で頭の中で考えていました。
気づけば、
両手を広げ、体を反対側に倒し、
なんとかバランスを取ろうとしている。
足で支えられない。
だから、手と体幹でなんとか支える。
代償です。
それは、転ばないための反応でした。
■のせたい。でも、のせられない
一歩前に足を出して、体重をのせようとしてみました。
のせたい。
でも、のせられない。
怖いというより、
「わからない。」
どこにのせればいいのか。
のせたらどうなるのか。
それが予測できない。
すごく考えながら、少しずつ体重を移してみました。
でも、それ以上のせたら支えられなくて、崩れる気がしました。
その瞬間、無意識に、腰が引けていました。
わからない。
支えられない。
だから、怖い。
わからないところに、
人は体重をのせられない、のせたくないのをか実感しました。
■包帯を外した瞬間
包帯を外した瞬間、
足の裏が、はっきりしました。
床が、ちゃんと感じられる。
さっきまでぼんやりしていた踵や母趾球、小趾球が、
床に吸い付くように、触れている。
なんか、気持ちいい。
あ、私の足だ。地面を感じられる。
不思議なことに、身体も気持ちもすっと落ち着きました。
それだけで安心して立てるかというと、きっと、それだけではありません。
でも、それがなければ、安心は始まらないかもしれません。
■共有してみて、あらためて感じたこと
今回の体験は、鍼灸師の草川さんと一緒に行いました。
実際にやってみて、
「思った以上にわからないね」
「これでは、のせられないよね」
そんな感想を、お互いに口にしていました。
一人で感じるよりも、共有することで、
「のせられない」という言葉の重みが、少しだけ近づいた気がします。
地面や床からの情報がわからないと、体重はのせられない。
バランスも、安定も、足の裏から始まっている。
だからこそ、
・立つこと
・歩くこと。
・日常生活の動き。
その土台になる足部へのアプローチを、
これからも大切にしていきたいと二人で共有しました。
■足の裏は、地面とつながるところ
足の裏は、体の中で唯一く直接地面と接しているところ。
身体と世界をつなぐ、感覚の入り口です。
のせないのではなく、のせられない。
まずは、その人の足を、その人の足に戻すこと。
足の裏の感覚は、想像以上に大切でした。
だからこそ、足部への介入を丁寧に続けていきたいと思います。
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